イエスは12弟子と一緒に食事の席につかれた。そして一同が食事をしていると
きに言われた。
「特にあなたがたに言っておくが、あなたがたのうちの一人が、私を裏切ろうと
している。」
弟子達は非常に心配して次々に「主よ、まさか私ではないでしょう。」と、言い
出した。イエスは
答えられた。
「私と一緒に同じ鉢に手を入れている者が、私を裏切ろうとしてい
る。確かに人の子
は、自分について書いてある通りに去っていく。しかし人の子を裏切るその人は
災いである。
その人は生まれなかった方が 彼の為に良かったであろう。」(マタイ伝 26
章)
キリストが恐るべき真実を明かすと弟子達は非常に驚き、誰が裏切り者か口々に
問い掛けた。
ペテロはあっけにとられ、ヨハネは師の胸に寄りかかり、裏切り者ユダは深い恨
みを胸の内に
秘めたのだった。
聖体の秘蹟と受難に先立つこの最後の晩餐の劇的情景は、キリストの生涯とクラ
イマックスである。
修道士達が食前に感謝の黙想と祈りを捧げる場である修道院食堂を飾るのにふさ
わしく 理想的で
あるとされて、特にここフィレンツエで盛んに描かれた。
最後の晩餐は14世紀にはキリストの生涯と受難を物語る連続フレスコ画の一部
でしかなかったが
15世紀になり透視画法が普及すると独立画として壁全体を使って描かれるよう
になった。長方形
の断面構成はジョットーがパドヴアのスクロヴェーニ礼拝堂で始めたもので、こ
れをタッデオ
ガッティがフィレンツエのサンタクローチェ教会に用い、更にサンタアポロニア
のアンドレア
デル カスターニョの緊密で立体的な空間描写へと発展していくこととなった。
ミラノにあるダ ビンチの最後の晩餐に先立ち ドメニコ ギルランダイオがフ
ィレンツエや
パッシャニャーノ修道院に自然主義の手法で 最後の晩餐の傑作を描いて大成功
を収め、北イタリア
に広くこの「フィレンツエ画法」が流行した。
またこれに続き、フランチャビジ
オはカルツア修道院
に先駆者の追随から脱した最後の晩餐を描き、ペルジーノはフォリーニョの修道
院にウンブリア画派
独特の鮮やかな光彩の最後の晩餐を描いた。またアンドレア デル サルトがサ
ンサルヴィに描いた
同テーマの作品は、伝統的な手法を超えたミケランジェロ風陰影と心理洞察によ
り、厳かさと気品を
たたえている。
19世紀に修道院縮小改革が行われ、かつては禁域であった修道院食堂も貴重な
芸術作品として、
今日一般公開されるようになった。
Text by Mario Carniani. Collaboration offered by "Giotto, Florentine
Guides Ass., and Florence Promhotels.
企画 執筆:マリオ カルニアーニ 協力:観光ガイド協会、フィレンツエ プ
ロムホテルズ